☆ハピネス20周年記念☆

2003年にChabiのオリジナルブラ「ハピネス」が誕生して20周年になりました。ご愛用頂いてありがとうございます。

 

Chabiをオープンしたのが1997年。

オープン当時は世界中のメーカーさんの育乳効果を期待できるもの、私が厳選して販売してきました。

 

色んな方のお体を見させて頂いて

〇〇さんには形があいにくいなぁ

もう少しパターンがこうなるといいのになぁ

素材がこうなって欲しいなぁ

 

色んな想いが年々膨らんできて、

思うものが無いなら作ろう

という事で作る事になりました。

 

工場さんを探しても、個人店では相手にしてもらえず、却下されました。

 

ハピネスの前に、イタリアで作る事になり進めていましたが、思うようなサンプルがどうしても上がらず断念した事もあります。

 

次に国内で対応して頂ける事になりましたが

1色、1ロット1,000本の壁。

Chabiさんでは厳しいのでは無いですか?と言われました。

 

でも私は「売れなかったらどうしょう」なんて迷いもなく、「絶対に必要!!」と思い作る事を決断しました。

 

工場さん的には半年あれば発売できると言われましたが、日本のブラは海外のブラとパターンが違うので私の思う機能性まで仕上がらず。

 

サンプル修正→試着→修正→を工場に行って試着した様子を見て頂き、変更して頂く。

それを2年繰り返し誕生しました。

 

長年ブラ世界中のブラを扱い

良い所取りをしたブラ。

 

集める機能

カップの角度

ワイヤーの幅、位置

各素材のフィット感

着け心地

服を着た時のTOP位置

あらゆる事にこだわり抜きました。

 

 

 

2003年の発売時には、限定の1000本のみの発売で他社メーカーさんのブラと並行して販売を開始しました。

 

 

そして懐かしい思い出ですが当時は白のブラとショーツを手作業で染色していました。

 

 

まだ私も毎日お店に立っていた時です。

神戸店、心斎橋店のオーダー数を毎日閉店前に集計して、自宅に帰ってから台所に立ち、夜なべをしてお鍋を炊き自宅で染色し、部屋中にブラとショーツが干されている状態でした。

 

翌朝、オープン前に心斎橋店分を大阪駅で渡して、神戸店に帰る。そんな生活を1年続けました。

 

イエロー、レッド、グリーン、ラベンダー、ピンク 何色染めたことか。

 

若かったからできた事。

今の体力では、体がもたない所でした。

 

 

みなさんから

次いつハピネスが発売されますか?

ハピネス以外はもう要らない

 

そんなお声を多く頂くようになり

手染めではなく、染色で限定カラーを発売できるようになりました。

 

その頃には、ご紹介で、日本各地からハピネスを求めてわざわざご来店頂けるようになり、今のようなWEBSHOPの機能なんてなかったので、お電話で追加注文を頂いて発送作業もさせて頂いていました。

 

今も日本各地、海外へ発送はしていないですが、帰国の際には飛行場から駆けつけて頂ける方もいて嬉しいです。

 

 

ブラのネーミングは迷わず

「ハピネス」と名づけました。

 

身につけて頂く方の幸せを願い、

お守り代わりになって欲しいと思っています。

 

20年の間に改良を重ねてきています。

 

皆様の人生と共に長い方であれば20年

ハピネスと共に歩めている事、心から嬉しいです。

 

今、体調がすぐれず、ブラを着けるのが難しい。

 

そんな方にも、お胸の悩みが増えないように

育乳ブラの開発者として機能性と着け心地を考えて作ったブラキャミも誕生しています。

 

こちらは乳がんの手術をされた方に、入院中とても使いやすかったと言って頂けています。

 

 

これからも、Chabiのアイテムが貴女の望む最高の人生になるために、寄り添っていけると嬉しいです。

 

 

 

PS. 15年前からハピネス愛の木キャンペーンで

社会貢献として使わなくなったブラをお引き取りし、間に入って頂く方を通して海外の恵まれない女性に使って頂く活動をしています。

 

今年は12月29日まで受付できる事になりました。まだの方は是非ご参加頂けると嬉しいです。

 

 

ハピネス愛の木キャンペーンくわしくは ▶こちら◀ 

世界中の女性に笑顔になって頂くために

ハピネスを届けてたいです。

 

 

いつもいつもありがとうございます。

 

 

ちゃび